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香りを伝える

店舗へ香水を選びに行くと、「どのような香りがお好きですか」という質問によく遭遇するのだが、これを問われるたび筆者の頭の中はめまぐるしく空転する。たしかに好きな系統の香りはあるけれど、使っている香水はあまりに多岐にわたっているし、むしろ苦手なものを答えたほうが早いのではとすら思う。とはいえ苦手な香料が含まれていてもその香水自体は気に入ることだってあるので可能性は残しておきたい。
「はい。苦みのある柑橘から始まりベチバーやオークモスが中心にあり、あとは香辛料と若干のグルマンのエッセンスを感じる香りが良いです宜しくお願い致します。」などとは言えるべくもなく、結局、端からぜんぶ試していいですか…?と恐る恐る尋ねて、販売員の完璧な微笑をほんの僅か引きつらせる羽目になる。
香りという、目に見えない主題を持ちうるこの存在について言葉にするのは、実はとても難しいのだと思う。知り合いのフレグランス販売員から聞いた以下の話がこの小稿の示唆になった。
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彼女はお客様にまず好きな香りを聞いたのだが、やはり明確な答えはなく、そこで使いたいシーンを尋ねたところ返ってきた答えは『仕事でもプライベートでも使えて、でも落ち着くような、安心して眠れるようなそんな香りがいい』というものだったという。
これは決して仕事で安眠する矛盾を笑う話ではなく、香りについて語る、まして他人に伝えるというのは想像より難しく、また訓練を要することなのだと教えてくれている。
長く多く香水に触れているからこそ気付けなかった、好きを伝える難しさ。思えばその彼女も筆者もはじめは皆そうだったはずだし、試したり使ったりした香水の感想を述べることは今なお難しい。しかし、言葉にできないからといって香水を買うのにはまだ早いのだろうか。伝えられないからといって店舗で買うのは相応しくないのだろうか。言うまでもなく、決してそんなことはない。
だとすると、店舗や販売員に求められるのはマニュアライズされた製品解説や新作と人気作の提示といった一方通行的な接客ではなく、顧客のライフスタイルや趣向をしっかり聞き出して、求める香りへのイメージや思いの絵図をともに描いてゆくような、暖かく美しい購入体験の時間を創出することではないだろうか。
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いまや、消費はインターネット上で完結し、「もの消費」から「こと消費」へ移りつつある。その中にあって香水は、web上では香りを確認できないという幸運あるいは不幸なハンデを背負っており、店舗へ足を運ぶプロセスを未だ必要としている数少ないコンテンツの一つでもある。店舗を持たないBSSだが、いずれは生身の「対話」をサービスへと具現化させて、たとえば一度お届けした香水について感想を聞きながらより理想の香りへと修正してゆく、スーツで言うところの仮縫いやフィッティングのような本当の意味での「Bespoke」を香りの領域で実現させたいと考えている。心と鼻を喜ばせるコミュニケーション、ストーリー、コンテンツ。BSSの目指すかたちのひとつだ。